感情の必要性を考える一冊

旅のお供に必ず本を持っていく。それがあれば事足りるから

通される部屋は必ずツイーンで、いつも空いたベッドを眺める

 

「広いなぁ・・・」と思いながら、冷蔵庫のスイッチを入れる

バスタブに湯を溜め、持参した部屋着に着替え、ゆっくりと夕食を食べ。

入浴後、音楽を聞きながら、ページの先の文字をおい眠気がくるのを待つ。

 

寝つきが悪く、眠りが浅い私にはあまり意味のない子守歌替わりの読書。

 

日常を言葉にすると、ただ感じたことばかりがうかんでくる。

だから、日記(blog)が昔から、とても苦手で

だけど、ただ感情の羅列を並べては俯瞰し、表面の言葉の少なさとは裏腹に、抱えきれないぐらいの気持ちが渦を巻いていることに、驚く。

 

PCのように、0か1で思考できたらそれは味気のないものなのかな?

「脳男」を読みながら、そんなことを思った。

 

人を傷つけることもない、傷つくこともない人形になることは

生きる意志がなくすことに等しいのかもしれない。

 

どうして、誰かを傷つけたことに傷つけた私が胸が痛むんだろう?

それがとても、自分勝手に思えた。

 

「ごめんなさい。」口にして広がる苦さと

「あなたのことが嫌いでやっているわけじゃなくて(・・・)」

口にできない(言葉)に広がる苦しさ

 

叱ってくれるあなたの優しさに、甘えるばかりの自分に辟易し

だけど、それを自分自身で受け入れ、受け止めていくしかない。

 

音も言葉も

 

いつか、教えてもらった音で恩返しできるぐらいになる

それまで、この不器用で可愛げのない私と付き合ってもらえたらと思っています。

伝えて、伝わる感情はほんのわずかだしても、これだけは言わなくちゃ。