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伝えなきゃ、損だ。

存在価値に重たさも、形もないから不安になる。

愛と一緒だね、だけど「私は、あなたが好き。」と言える言葉があってよかった。

「私のこと好き?」と聞くより、勝手に幸せになるこの方法を知ったから

私はあなたからもらっている優しさを思い出すと、とても幸せな気持ちになって

あぁ、もう逃げたりしないと、嘘はつかないと決めた。

どんな私でも、誰かにとっては可愛い、憎めないやつなら

なんで、素直に好きと言えないのか。

そんなプライド、そんな恐がりやめてしまえ。

勝手に幸せになります、いつもありがとうと大切な人たちに伝えたい。

伝えよう、ほら、そのための言葉だしね。

内向的であること

内向的であることは決してマイナスばかりじゃない。

着地点をどこへもっていくかが大切で。

できないこと、哀しいことばかりに目をむけたままじゃ、きっといつまで経っても「私なんか」というループから抜け出せなくなる。

自分を一番底辺にしないこと、それが大切と何かで読んだことがある。

自分が一番、不幸と思っていたらどんな言葉も意味をもたない。

どんな思い出も糧にはならない。と、私は思う。

私は私、人は人。

抱えている辛さも暗さも比べはしない。

だけど、自分の辛さに蓋をして息苦しくなることも、誰かに自分の価値をつけてもらうために依存しても同じ結果になる。

自分で自分の価値を「まぁ、これでいいか」ぐらいに思えないと抜け出せない。

拭いきれない嫌悪感が自分にも、他人にさえ感じてしまう。

匙加減が難しい、人に聞いてもらい、背中を押してもらう。

でも最後の選択は自分で選び取り、踏み出さないといけない。

押してくれた背中の温かさを、その言葉を思い出して「大丈夫」と思える。

失敗し、躓き、別れを知り、どんなに落ち込んでも明日はやってくる。

それは、とても幸せなことだから。

当たり前のことが、当たり前ではない。

それを教えてくれた過去の哀しみも、今は大切な思い出で。

辛いことは糧にも毒にもなる。

時間と自分の意思で角度が変わるんだと気づいた。

内向的な人間の特徴、世間話よりもこういうとりとめのない話が好きで、おしゃべりになる。

あぁ、私、内向的ですね。

片頭痛がなくなっても

借りた本を病院の待ち時間中に読み終え、感想を持ち主に伝えたくて指先が動く。

動いては止まり、送信ボタンの上を行ったり来たり。

迷子の指先は、結局、削除ボタンを選ぶ。

 

この本の結末は、どこへ、何を伝えたかったのだろう?

片頭痛もちの私は思う、この痛みが終ったら人間嫌いが加速する何か欠落が生まれるのかな?と

でも、飽和状態になるほどいつも哀しみを持ち合わせてはいない。

主人公は、自分は人に愛されることも、愛することもない人生ならば終わればいいと願う人だったけど。

私はちょっとだけ違って、なら1人で生きるための職業を選ぼうと思った。

周りのように、結婚に憧れがなくとも、誰かを想えなくてもいい。 

周りが感じている温かい幸せを感じられない。

そんな明日が寂しいと感じる日もあった。

だけど、生きていたいのも本当で

なら、私らしい未来の選択肢を選べばいいとそう寂しさの裏側で思える自分がいた。

 

つまりは、私は虫(物語に登場する寄生虫)が寝床にする精神状態じゃない。

と、勝手にそう希望的観測をもってこの物語を回想している。

 

時々、喉を必要に叩くウイルスで今は咳がとまらないけれど。

悲観するよりも、治そうと努力する気持ちがあるから病院へも行くし

そこにどんな結末が用意されていようが、受け止めて、生きていけるだけの希望をもって病気と共存をしている。

感情の癖が、確かに人から見て、淡々としていて暗く見えてしまう。

だけど、わざと隠して明るく振る舞い、周りと同じモノを持っていない自分が不幸なんて思わない。

この生きたいと思える意思が、そこに根付いていたらきっとなんとかなると思っていて

それは、人に認められないから価値が下がるわけでもなくて。

自分自身で思えることが大切なんじゃないかと思える。

どうしてなんて理由なんてわからなくていい、生きたいと思える、そうそれだけ。

分岐点

病院の待合室で、咳き込みそうになるのを必死に抑える。

咳がとまらなくなることを考慮して、わざとひんやりとしたトイレに続く廊下へ出る。

名前が呼ばれるまでじっと待つ。

もうヒーターは私の身体を壊す機械でしかないようだ。

考えれば我が家には、ヒーターは客間にしかなく、家族が使うことは全くない。

自室では湯たんぽだけで生きていて、多少の寒さを感じても健康を損なうことはあまりない。

 

本を片手に、イヤフォンを片耳にしてぼんやりと待ち続ける。

診察で、先生から休みをしばらくとるか、仕事をこれを機に辞めたほうがいいと言われた。

あぁ、自分を大事にしなさいということか、と思い病院終わりにすぐに上司にその旨を相談した。

きっと、言ってもわかってもらえない。と思っているから言えなかった。

病気とはそんなものだ、きっと大病とわかりやすい病名じゃないといけないという遠慮がある。

結果、休みを3日もらい、あとはまた考えようと思っている。

今は、声がでるまでに回復することが最優先にしよう。

 

辞めたほうがいいと言われ、「札幌に住めばいいよ。」と言われた彼の言葉が頭をよぎった。

誰も知り合いがいない遠い地に住む、自分がしたいことだけの経済力があればいい。

どうなるかはわからないけど、あぁ、それも悪くないなぁ。となんだかそう思えた。

「友達がいないから嫌か。」と、そう彼はつけたしたけど。

私は、音楽をもっと勉強できる環境で、仕事をしながら1人ぼんやり生きていても苦にはならないし。

彼が思うほど、社交性がないわけじゃない。

無理にはつくらない、ただお互いなりたければそうなる。

と、なんだか気楽に思っている。友達も恋人もそういうものだって。

焦って、寂しくて、あわせてつくらなくても、私にはできる気さえする、不思議な心境。

 

 

私に二言はない

私はわざと好意を意識しないように、シャッターをおろす。

ずるくて、恐がりな部分を、そう友達に指摘された。

好き避けをして、傷つかないように終わらないようにして

自分でもよくわかっている、過去を言い訳にして逃げているんだって。

 

私を思っていてくれるから、ちゃんと伝えてくれる。

あぁ、やっぱり敵わない、そんな友達の大切さを再認識。

「変わりたい」じゃなくて「変わる」

彼女に言った言葉に二言はない。

 

大切な気持ちにフタをして、過去にすがって言い訳して

丸まって自分を嫌う日々は嫌だから、変わりたくて一歩踏み出した。

だから今がある、だから彼に出会えた。

音楽を想う強さが、彼を想うことで濁るわけじゃない。

大切で、ふとした瞬間に思い出しては笑みがこぼれる。

そんな気持ちを伝えて、壊れる未来ばかりを想像して何になるだろう。

往々にして、自分の足を引っ張っているのは、誰でもない自分なんだ。

私に二言はない。もう嘘つきはやめるんだ。決めたから

 

 

 

 

 

 

センスが問われるプレゼント

毎年、友達へクリスマスプレゼントを贈る。

今年も頭をひねりながら考えて気づいたことがある。

友達は、小柄で可愛らしい人がほとんどで、私とは似合う色の方角が見事に真逆だ。

暖色が似合い、ただ形や装飾の好みがそれぞれ微妙に違う。

例えて言うならば、Perfumeの衣装のような違いがある。

そして、自分が可愛いと思えるモノをあくまで友達の好みにあわせて選んでいく。

センスを試される、プレゼント。

プレゼントは金額と答える人とはきっと、私は友達にはなれない。

冬だからニットかカーディガンをと思い、選んだ色が全てベージュだった。

つまりは、みんなイエローベースの肌色をしている。

1人、ブルーベースの私。

可愛いらしいと形容できる外見。

いい意味で頑固でマイペースで、ここぞというときに優しさを発揮する性格。

 

選んだ洋服をながめて、包装をし、カードを添えて届ける先を考えにやにやしてしまう。

包装紙はどんなものがいいかな、リボンはどうしようかな、いつぐらいに送る手配をしようかな。

そして、クリスマスはどのケーキを食べようかなんて考えながら忙しない年末を乗り切ろう。

 

 

 

起き抜けに

きっと、カレならわかってくれる「はず」と思い込み、違いを恐がった。

「他人」なんだから、違いがあって当たり前で

視点のひとつ、ひとつの違いを楽しむために、もっと話せばよかったと今なら思える。

「はず」という思い込み、勝手に安心して言葉で伝えることを疎かにしてはいけないんだ。

似ている部分は確かにあった、だけど完全にはまるパズルみたいな関係はどこにもなくて

だから、違いを知り、楽しみ、思いやりをもち、ひとつ、ひとつ積み重ねていかなければいけない。

それは、家族でも、友達でも、恋人でも同じことが言えて。

「他人」という響きはなんだか、私の中では冷たくて寂しく響くけど。

私なんて、ひとりとは今は思わない。

どんなに、自分が嫌いになっても、そんな私でもそれでもいいと言ってくれた周りがいたからだと思う。

周囲に、感謝を忘れずに。「ありがとう」と「ごめんなさい」は言える自分でいよう。

 

ご飯の食べ方ひとつとっても違いはあり、それを指摘されて萎縮してしまうけど。

それで、私を嫌いになるわけじゃなくて、それで大喧嘩して会わなくなるわけでもない。

こんな恐がりな自分を、今度、会ったら言ってみよう。

そして、彼からもらったこんな気持ちを、友達がくれたこんな気持ちを伝えたい。

たどたどしくても、上手く言えなくてもいい。

言葉にする努力をしようと、そんなことを考えた起き抜け。